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長崎を出て、我々が次に向かったのは九州最北端、北九州は小倉である。
豚骨ラーメン本場と言えば、長崎県に隣接する福岡エリアであろうことに論を俟たないが、何故そこを横目に素通りし数時間を費やしてまで小倉の地に向かうのか。
その説明には、ここで軽く九州の豚骨ラーメン史に触れておく必要があるだろう。

豚骨ラーメンの発祥起源とされる老舗は、博多、長浜、久留米等に幾つか存在し、関係者の間でも意見が分かれている。
いわゆる豚骨ラーメンと言えば、出汁に豚の骨を使っただけのラーメンではなく「豚骨を使ったスープが乳化白濁しているラーメン」を指す。
ラーメンスープにおける乳化とは、高温で煮込まれた豚骨等から染み出したコラーゲンと脂肪分が結着し水と親和して乳白に変化することである。
豚骨を入れたスープを沸騰させ白く濁り始めればそれは乳化の初期段階である。
故に、豚骨ラーメン発祥を謳う老舗の中には、時代を遡るあまり乳化度合いが低くスープも半透明である場合も多い。

豚骨ラーメン発祥の店を巡る議論とは、言わば「どの時点でスープが乳化白濁したか」が争点でもあるのだ。

これに答えを出す事は難しいし、私自身はその必要も無いだろうと考える。
どの店が発祥であれ、黎明期に各地域で豚骨ラーメンを創り上げた老舗の努力と気概とは等しく崇敬の対象であることに変わりは無いと思うからだ。

しかし、豚骨ラーメン史に多大な寄与をした店を一つ挙げろ、という事であれば限られる。
久留米の屋台 「三九」である。

「三九」は昭和22年、杉野勝見氏とその実弟により久留米の屋台ラーメンとして始まった。
ある日、杉野兄弟が所用により実母にスープ管理を任せたところ、火加減を誤り白濁してしまった。
仕方なくそのスープで営業をしたところ、客からの好評を得てこの偶然から「三九」の豚骨ラーメンが始まった。
杉野氏は、商圏が競合しない事を条件にこの豚骨ラーメンを誰にでも分け隔てなく伝授し、久留米、玉名、熊本、宮崎へと伝播する九州豚骨ラーメン史において多大なる影響を残した。
歴史ある各地の老舗の経緯を辿れば、当然のように「三九」の名が出てくるほどである。

「三九」については、暖簾分けや影響を受けた店等が今も同屋号を掲げて営業を続けているが、それぞれ独自の工夫を重ねており元祖「三九」直系の味を受け継いでいるとは言い難い。
では杉野氏が興した「三九」はどこへ行ったのか?

それが、この北九州 小倉「来々軒」なのである。
杉野氏の久留米「三九」は屋号と店舗を譲り、本人は北九州の小倉へ移り新たにラーメン店を開業、今は2代目が受け継ぎ営業を続けている。
小倉「来々軒」のラーメンこそが九州各地の豚骨ラーメンの礎「三九」、その味を伝える直系の店。
我々が北九州まで足を伸ばした理由は、まさにその歴史の要石に触れたいと思ったからに他ならない。


伝説の老舗 伝説のラーメン 伝説の店内



小倉「来々軒」は富野、紺野町等に支店があるが、ここ宇佐町が本店である。
長崎より2時間半かけてたどり着いた小倉の街は既に日が落ち暗くなりつつある中、「来々軒」宇佐町店は繁華街から少し外れた通り沿いに、ぼんやりと明るく道を照らしていた。

無礼を承知で申し上げれば、外観からは前述したような偉大な老舗らしい雰囲気は感じられない。
それどころか支店があるような店にすら見えない、というのが率直な感想だ。
名の通った老舗を巡る旅として予想していた光景とはかけ離れていたことについて、我々は認識を改めざるを得なかった。

訪れた時間帯が夕飯時には早すぎたためか、他客も無く店内は閑散としていた。
オーダーはラーメン(500円)、具材にはチャーシュー、青ネギ、きくらげ、メンマ、モヤシ、海苔が乗る。
スープは、完全な乳化状態ではないが、しっかりと白濁し旨そうな油脂分を表面に浮かせている。
薄味そうな見た目の印象よりも、しっかりとした動物系の旨みを感じることが出来る。
豚骨以外にも若干の鶏ガラ・モミジあたりを加えているだろうか?
加水率低目の中細麺との絡みも良く、歴史経緯云々が無くとも素直に旨いと思えるであろう味であった。

店を出た我々は福岡での食べ歩きに向かうために、すぐにレンタカーに乗り込み小倉を後にした。
今食べた「来々軒」の一杯が、九州豚骨ラーメン探訪記における全ての大本になるだろう。
長崎から小倉までは2時間半、そして小倉から福岡までは1時間。
しかしそれだけの価値はあった、と 小倉まで助手席で寝ていた私は強く思うのだった。




「来々軒」
北九州市小倉北区宇佐町1丁目5-14
093-551-0293
営業時間 11:00〜23:30
定休日 不定休
駐車場有り




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