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福岡エリアを発端とする豚骨ラーメン伝播の歴史は、宮崎の地までが一つの区切りとされている。 その道程を一通り辿った今、後は空路帰京するのみだが 今回の探訪記は、西南戦争において敗退する西郷軍の足跡をなぞる旅でもあったことを思えば かつて薩摩と呼ばれた鹿児島の地を目前にして訪れないわけにもいかない。 東京への便を鹿児島空港で取っていることもあり、我々は宮崎から鹿児島へと移ることにした。 鹿児島には、「鹿児島ラーメン」と呼ばれるラーメンが存在する。 「鹿児島ラーメン」はこの地域で独自の発展を遂げており、九州エリアでは唯一福岡を発端とする豚骨ラーメンの影響を受けていない。 かつて二重鎖国政策のもとで、独自の文化を育んだ薩摩の閉鎖性はラーメンにおいても変わらぬ姿勢を貫いたのだろうか。 薩摩飛脚は生きて還れず。 「三九」の味をを伝えようとした者の心にも、そうした時代の枷が幾分の躊躇を生んだに違いない。 「鹿児島ラーメン」は、中国や台湾華僑からの渡来人から伝えられた汁麺をルーツとするが、 麺や具、スープに至るまで多様性に満ちており、これといった掴みどころが無いことが特徴でもある。 例えばスープにしても、九州地方に多く見られる乳化白濁豚骨タイプは少なく、多くは澄んでいる清湯スープであったり、 味噌ダレで調味した味噌ラーメン風のものもあるようで、一つに定まらない。 |
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九州最南端の地 | ここにも維新の風が | 実に良い朽ち方 |
そんな「鹿児島ラーメン」ではあるが、最古とされる老舗は鹿児島市の天文館に存在する「のぼる屋」であることが確認されている。 昭和22年に開業したとされるこの店は、創業者となる故・道岡ツナさんが横浜で学んだ味を当時のそのままに今も守り続けている。 当時看護婦をしていた道岡さんは、戦後、患者であった中国の料理人にスープの作り方を習い、故郷鹿児島で店を出したとされる。 トンコツを中心に、トリガラや野菜を煮込んだ優しい味わいのスープが特徴で、 道岡さんが潅水を嫌いであったために、麺には無潅水のものを使っている。 「のぼる屋」は、路面電車の最寄り駅から少し離れた裏路地にある。 少し離れたコインパーキングへ車を止め、歩いて店へ向かった。 角地に見えてきた歴史を感じる木造の店の趣は、まさにこの探訪記で我々が求めた老舗のラーメン店そのもの。 良い風合いに朽ちた雨戸の戸袋や看板、無遠慮に剥き出しとなった室外機やダクト等々、実に味がある。 絵に描いたようなラーメン屋の老舗に心躍らしつつ店内へ、と思うも入り口が二つあることに戸惑う。 どちらから入っても、厨房を囲むように設えたカウンター席のどこにでも着席が出来る変わった作りのようだ。 |
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出入り口(南側) | ダブル鉄釜 | 一杯1,000円也 |
店内の雰囲気も期待を裏切らず、昭和初期の調度が揃う内装に、厨房では熟年の女性達が数名で調理・配膳を仕切る。 当然、券売機のようなものは無く、メニューも「ラーメン」のみ。 実に潔く老舗の味を守る姿勢に好感を抱くも、その一杯の価格なんと1,000円! インフレ化の久しい都心部のラーメン店でも中々勇気のいる値段を、堂々と掲げるその老舗の自信に 福岡エリアから極端に安いラーメンの価格に慣らされた我々の懐は痛むのだった。 ともあれ気を取り直してラーメン(1,000円)を注文。しばらくの後到着した一杯は、 丼の縁までスープがなみなみと注がれ、アッサリとした見た目の割には相応の量がありそうだ。 半澄みのスープに、角片に切られたチャーシューに、豆モヤシ、ネギが乗る。 付け合せには大根の漬物と、湯飲みにお茶が一杯。 こちらの大根の漬物は、なんと創業以来続くぬか床を使った逸品という。 麺は、潅水無しの平たい中麺で自家製麺されているようだ。 |
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ラーメン屋といえば腕組み | 御大らしき女性と | |
一口麺を啜ると、モチモチした独特の食感で、無潅水であるためか癖の無い優しい「ひやむぎ」の麺のような味わい。 アッサリながらもしっかりとした旨味のスープ、肉々しいチャーシューや豆モヤシの歯応えと相まって、バランスの良い一杯に仕上がっている。 箸休めの漬物も良い感じだ。 この味は、創業以来変わらぬ老舗の味。 時代の流れと共に変わっていく人々の味覚や流行に迎合しない信念、あえて味の改良をしないことの葛藤もあると聞くが この場所のこの空間でしか味わえない一杯のために頑なに守り続ける姿勢がある。 「のぼる屋」とはそういうお店なのだ。 1,000円という価格も、その雰囲気を醸し出す古き良き家屋の維持管理に欠かせない原価込みなのだろう。 現在の女将と思しき女性と記念写真を撮った後、絵葉書とぼたん飴をもらった。 客を迎える独特の店構えから退店時までのホスピタリティ溢れる姿勢は、 テーマパーク体験と通じるそれであり、故に入場料が必要となるのは是非も無いことなのだ。 「のぼる屋」 鹿児島市堀江町2-15 営業時間 11:00〜19:00 定休日 日曜日 駐車場 有り |
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