<<熊本 「松葉軒」 宮崎 「喜夢良」>>



熊本で宿を取った翌早朝から、我々は宮崎県へと向かった。
玉名ラーメン、熊本ラーメンと、福岡から伝播した豚骨ラーメン史探訪は、また新たなる越境の道程となる。
今回は熊本市から一気に宮崎県の宮崎市へと、九州自動車道→宮崎自動車道を乗り継ぐ総距離約200kmの少々長い移動となる。
山がちの二車線を飛ばしていると、追い抜いたセダンがピタリと後ろに付けてきた。
嫌な予感がして左車線へ移り減速すると、案の定「覆面」というヒヤリとする一幕もあった。

眠気をこらえ、昼前には宮崎市街地へ到着する。
宮崎といえば、宮崎神宮が有名だが宮崎での一杯を食す前に、最終日ではあるが旅の安全祈願として参拝に立ち寄る事とした。


東遷への出発点 神宮名と祭神 巨大な鳥居



宮崎神宮といえば、日本国最古の皇たる神武天皇を御祭神とする大社。
神武天皇が皇威を広めるべく東遷へ出立された始まりの地でもある。
福岡から伝播した豚骨ラーメンの執着地とは遡る形で、九州を北上しそのまま大和(奈良県)を征して即位した。
時代を経て入れ替わるように宮崎へ移り伝わった豚骨ラーメンは、どのような姿形を見せてくれる事だろうか。


二軒目のこむらさき 赤いカウンター 奥のテーブル2人掛け?



「宮崎ラーメン」とは、他の多くの九州ラーメンと同様に福岡系豚骨白濁スープであり、比較的あっさりとしている。
久留米ラーメンからの影響を受けているとされ、卓上にニンニク醤油、つけあわせとして「タクアン」が供される点が大きな特徴だ。

我々が向かう宮崎「こむらさき」は昭和23年創業と、宮崎最古のラーメン店と言われる。
熊本の「こむらさき」とは同一店名であるが、直接の関係は無いとされている。
宮崎「こむらさき」創業者は台湾で終戦を迎え、現地でラーメンの作り方を覚えた後、日本帰国と同時にラーメン店を開いた。

ここで一つの疑問が沸き上がる。
昭和23年創業ということは、「三九」が久留米で乳化豚骨スープを生み出してから僅か1年にも満たず、
当然として玉名、熊本の豚骨ラーメンの老舗よりも古い事になる。
しかし、これらの地域を飛び越して離れた宮崎の地に乳化豚骨スープが伝わるなどという事があり得るだろうか・・・?
宮崎「こむらさき」は創業しばらくは乳化豚骨スープでは無かったのか、或いは預り知り得ぬ伝播の傍流があるのか。

残念ながら情報不足により、この点に明確な答えは出ない。
確実に言えるのは、宮崎「こむらさき」が宮崎最古のラーメン店である、ということだけだ。


→タクアン カブがいい味出してる



宮崎「こむらさき」の本店は、宮崎市清武町にあり今は閉店してしまっている。
今は清武店から暖簾分けを受けた大淀店が営業を続けているが、こちらの創業は昭和52年と比較的新しい。

大淀町の「こむさらき」は、閑静な幹線道路沿いにあり例によって先客はゼロ、いわゆる街のラーメン屋さんの雰囲気である。
店内はカウンターと、若干の座敷席がある。
ラーメン(600円)を注文し、店主としばし雑談。
東京から来た事を告げると、創業34年の老舗であることをことさら誇らしげに語っていた様が印象的であった。

待つ事しばし、出てきたラーメンは写真の通り、タクアンが付く。
白濁したスープに、具は細モヤシ、青ネギ、キクラゲ、チャーシュー。
一口啜ると、麺は柔らかめの中細麺。スープはかなりライトなアッサリ味である。
見た目の印象より味は薄くインパクトに欠けるが、塩味のキツいタクアンが生きる。
麺、スープ総じて優しい調味でけして悪くは無い。
最初の一杯という事もあり、素直に完食してしまった。

最終日は、鹿児島発東京行きのフライトとの時間の勝負である。
食べ終えて余韻に浸る間もなく、次の店を目指してそそくさと席を立つのだった。




「こむらさき」
宮崎県宮崎市天満3-1-47
営業時間 11:00〜20:00
定休日 月曜日
駐車場 有り



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